偏向報道はなぜ放任されるか

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かつて、朝日新聞の偏向報道を批判していた作家の井沢元彦氏が、外国(アメリカ)のジャーナリストに朝日のする報道の内容を説明しても信じてもらえない、むしろ井沢氏が嘘を言っていると思われ困ったと語っていた。

あれこれ説明してようやく信じてもらえたが、納得したジャーナリストが呟いたとのこと。

「どうしてそんなメディアがまだ存在しているんだ」と。

メディアはよく欧米を引き合いに出すが、その欧米のジャーナリストからすれば朝日は存在しているはずがないメディアだという事だ。

それはそうだろう。報道犯罪とも言うべき慰安婦捏造報道を始め、数々の偏向報道を繰り返してきた。

朝日に限らず、NHKを含めた各報道機関による、中国や韓国の代弁、広報としか思えないような報道。

日本女性を世界に向けて貶めた毎日新聞の変態報道。

TBSの原発に関する甲状腺がんの虚偽報道や、テロを行った重信房子元受刑者への憧憬を隠さない人物の番組の司会やコメンテーターへの起用。

前記事でも触れた、安倍元総理暗殺後の、事の本質から国民の目を逸らせようとする統一教会報道、国葬についての公平性を欠く報道。

重信元受刑者の件は大問題だろう。

テロリストは言論ではなく暴力で自分の主義主張を実現させようとするものであり、言論を旨とする報道機関の対極に居る者。それに憧憬を抱く者が番組の司会やコメンテーターを務めているというのは、TBSは報道機関としての存在意義を自ら否定するに等しい。

このようにメディアが偏向報道を繰り返しながら、なぜ何の責任も取らされず存続し続けられるのか。外国の記者でなくても疑問に思うだろう。

 

報道利権

まずは、それが戦後体制下、メディアに分配された利権であること。

戦後体制 「保守」と左派の権益共同体制 | 安倍元総理暗殺後の馬鹿騒ぎに見る

どんな出鱈目を報道しても、日本を貶めようが危機に曝そうが責任を問われず、それでいて社会的な地位や特権、高待遇を得られる。

その代わりメディアも権益共同体を構成する他の政党、組織、団体、集団等(以下、便宜、既成勢力とさせていただきたい)の利権を脅かす報道はしない。権益の相互保障。

そして、メディアは本来、民主政のインフラという役割を担うこと。あくまでも「本来は」だ。

 

民主政のインフラ

日本は民主政を採っている。国民が様々な政策を判断し投票によりこれを決定する建前となっている。

そして現時点、その判断材料を提供するのは主に大手メディアとなっている。

確かに若い人を中心に新聞を読まずテレビも見ない層も増えているが、それでも投票率も高く人数も多い高齢者を中心に新聞やテレビから情報を得ている国民は多い。

そして、多くの国民は報道内容を自分でも調べて確認するという事はしない。新聞やテレビの報道を見聞きすれば、それが事実である、正しい事であると考えるのが通常だろう。現実的に、日々の生活に追われる中で様々なニュースを報道とは別に自分でも調べろというのも無理がある。

メディアは国民の判断材料を提供する、民主政のインフラともいうべき役割を担う。

 

逆に言えば、報道を通じて国民の判断材料をコントロールすれば、その判断、決定をコントロールすることもできる。

 

メディアの使命 プロバガンダ

本来の報道、ジャーナリズムにおいては、まず事実がある。そして、その事実を事実として国民に伝える事が使命とされる。民主政のインフラの役割でもある。

だが、実際のメディアにおいては、まず目的がある。そして、その目的に沿う形で事実を取捨選択する。事実がどうかより事実はどうあるべきかが優先となる。

特定の目的へ誘導するためにする政治的宣伝。プロパガンダだ。

メディアにおいては、このプロパガンダをジャーナリズムと呼ぶ。

 

多文化共生政策こと移民政策について本来の報道をするなら、賛成派の意見、反対派の意見、メリット、リスクを国民に均等に知らせるという形になる。

だが、実際にやっていることは共生、多様性という美辞麗句で飾り、疑問を持つ者や危険性を指摘する者への差別主義者のレッテル貼り。

もしも本来の報道をすれば多くの国民が反対することは分かっているからだろう。移民政策を推進したヨーロッパの惨状、2015年大晦日のケルン集団婦女暴行事件のような悲惨な事件も国民に政策のリスクとして伝えなければならないのだから。

「多文化共生こと移民政策は素晴らしい政策であり疑問を持つことは許されない。ヨーロッパの惨状?そんなものはない」

移民政策を推進する目的で、反対という選択肢を奪うためにするプロパガンダにほかならない。

偏向報道がなぜ放任されるかと言えば、既成勢力にとって自分達に都合の良い政策を実現するためには、その偏向報道が、プロパガンダが必要だからだ。

 

そして、このプロパガンダは国民のメディアに対する信用の上に成り立っている。

故にしばしば自民党議員に対して行われる発言の切り取り報道のような、利権云々に関わらない範疇の捏造報道でも自民党は報道機関を公式に追及したりはしない。政権与党であるのだから本気になれば取りうる手段はいくらでもあるにもかかわらず、だ。

それをして国民の間にメディアの報道内容は当てにならない、嘘ばかりだという認識が広がってしまったらプロパガンダが効かなくなる。前述の移民政策報道における共生、多様性という美辞麗句も国民に胡散臭いで片づけられ、下手をすれば国民が独自に政策のリスクを調べ始めるということにもなりかねない。

偏向報道に何ら責任追及がされないのはプロパガンダ役であるメディアの信用を維持するためだ。

 

ここで、そうは言っても偏向報道を追及するにしても、公権力がメディアの報道内容に踏み込むのは適切ではないという意見もあるだろう。

確かにそれはその通りだ。

捏造や偏向はある程度客観的に判断できるとはいえ、公権力が報道内容に踏み込んで適否を判断し責任追及するというのはできれば避けるべきではある。

だが、それはメディアが本来の機能を保持している事が前提となる。

 

報道しない自由

報道しない自由は左派系メディアがそのお仲間の団体や個人、外国人の犯罪や不正行為に対する沈黙として語られることが多い。

だが、ここで取り上げたいのは保守系メディアだ。保守系メディアで充分な国民への発信力を持つのは事実上、読売新聞・テレビになるが。

朝日が慰安婦報道を始めた時、読売はこれを検証し批判・反論する報道をしたか。

しなかった。

ここでいう報道というのは朝日の報道と同様の発信力、伝播力を以てする報道だ。

記者個々人の意見のような形で疑問があるといった程度の記事はあった。だが、朝日の報道を事実だと信じた多くの国民に伝わる形での報道は、少なくとも私は記憶にない。そもそも、もしきちんとそのような報道がされていれば、慰安婦騒動がここまで長く尾を引くことはなかったろう。

慰安婦報道に限らず、捏造、偏向報道がなされたとき、本来は他の報道機関が検証、批判し本来の正しい情報を国民に伝えなければならない。

そのようなメディアの相互チェックにより報道内容の真実性が担保され、捏造、偏向報道を繰り返す報道機関は信用を失い退場させられる。公権力が報道内容に踏み込んで責任追及する必要はない。

報道内容に公権力が踏み込まないとされるのは、その代わりにメディアの相互チェックにより報道内容の真実性が担保されることが前提となっている。

 

だが、左派系メディアの偏向報道に保守系メディア読売は沈黙する。報道しない自由の行使だ。

事実は知られていないのであれば存在しないのと変わらない。

読売は左派系メディアの偏向報道について報道しない自由の行使という不作為で支援し、プロパガンダの一翼を担っているにほかならない。保守系メディアで朝日や毎日、NHKといった左派系メディアの偏向報道を打ち消し是正しうるのは事実上、読売のみであるのだから。

そして、そのような不作為による支援の見返りとして、保守系大手メディアの地位が、特権が、待遇が保障されている。

逆に早い段階で慰安婦強制連行に疑問を呈する報道をした産経新聞のように「余計な事」を報道する新聞社は大手メディアの地位は与えられない。

 

安倍元総理暗殺後の統一教会報道に対しても、論点をすり替えるなといった報道はあったか。

ここでいう報道も多くの国民が普通にテレビを見、新聞を読んでいるだけで伝わる形での報道だ。意識的に探さなければ見つからないような個別の記事ではない。

オンライン版でざっと検索してみた結果だが、むしろ以下のような記事が出てくる。

[論点スペシャル]旧統一教会問題 どう見る

旧統一教会 継続報道を…読売新聞

 

念のため、統一教会問題を扱うなというのではない。今なお被害が継続しているのであれば対処はすべきである。だが、安倍元総理暗殺事件のような事件を再び起こさせないためにはどうすべきかという大論点を覆い隠すなというのだ。

また、読売は上述の、テロリストへの憧憬を隠さない人物を司会者やコメンテーターとして用いるという報道機関としての全否定に等しいTBSの行為についても何かしら批判はしたか。

私の知る限りしていないはずだ(もしも見落としがあったら訂正するので教えていただければ幸いだ)。

 

メディア相互のチェック機能は働いていない。

左派系メディアの偏向報道を保守系メディアが不作為で支援する形で、メディア全体として国民への情報コントロール、プロバガンダが行われている。

更には移民政策のような(体制)保守・左派の利害が共通化しつつあるテーマでは読売の報道も朝日等の左派系メディアと論調を同じくしてきている。

「共生の道しるべ」

念のため、朝日ではなく読売の連載だ。

常に左派系メディアと反対の立場で報道をしなければならないわけでは当然ないが、素直に見て保守政党・左派政党問わず既成政党挙げて推進する移民政策のためのキャンペーンと見るのが自然だろう。

メディアの言う報道の使命とは、メディアが誇らしげに叫ぶジャーナリズムとは、初めから権益共同体、戦後体制の維持という目的ありきの宣伝、プロパガンダに他ならない。

戦後体制からの脱却なり打破なり覆滅なりを目指すなら、まず、このメディアによるプロパガンダ、情報コントロールを打破する必要があると考えている。

 

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