私の来歴について

茨城県那珂市議会議員選挙が終了し、原田陽子さんが無事当選されました。改めてお祝い申し上げます。

茨城県内においては、今秋、つくば市議会議員選挙が予定されていますが、同選挙においては、現在、私、金田圭介が立候補予定者となっています。

日本第一党においては、被選挙権について3代に渡る日本国籍があることを条件とする旨の政策を挙げています。

被選挙権に3世代以上に渡る日本国籍があること等の条件を追加し、国益にそぐわない議員の輩出を防ぐことを目指します

⇒日本第一党公式サイト⇒政策⇒政治

 

また、現在、私は、かかる政策を挙げる日本第一党の党本部役員を務めています(法務局長)。

そもそも、私は、いかなる政党であっても、議員は-国会議員は特に-自身の来歴を公開すべきと考えています。日本国民にとって重要な判断材料だからです。

そこで、私の来歴を公開します。

 

ただ、存命の親類もいることから、氏名や本籍地等を全面的に公開することは難しく、戸籍は下に掲載したように該部分は伏せざるを得ません。

日本第一党においては、地方選挙の候補者の審査は都道府県本部長が行いますので、後日、茨城県本部長の確認を受ける予定です。

それ以外の場合は、面識のない司法書士の先生に確認を依頼することを考えています。

 

以下、私の戸籍となります。

 

本人及び1代前(父母)

 

本人及び父母共に帰化情報なし。

 

父方

2代前(祖父母)

 

帰化情報なし。

 

3代前(曽祖父母)

 

帰化情報なし。

 

母方

2代前(祖父母)

 

帰化情報なし。

 

3代前(曽祖父母)

 

帰化情報なし。

 

先祖は武士だった?

祖父母は共に亡くなってしまっているのですが、金田の先祖は武士だったと話していました。

ところが、大叔父が先祖のことを調べた際、名字として金田が出てくるのは明治になってからとのことでした。箔をつけるために武士だったと主張していたのかなとも思っていました(もっとも兵農分離完成までは武士と農民・商人との区別は曖昧なのですが)。

しかし、昨年、祖母の法事の際に伯父から聞いた話では、「足軽大将だった。厳密には士分には区分されないため(※)、名字は持っていても公式には名乗れなかったのだろう」とのことでした。

(※藩によって差異はあるようです。石川県、能登加賀・前田藩の取扱いをご存知の方、教えて頂ければ幸いです)

大叔父は直接会うことなく亡くなってしまっており、一度会って話を聞いておくべきだったと悔いています。

 

金田という名字の元々の由来は、もはや分かりませんが、「かね」は元々はゴールドではなく広く金属を表す言葉でした。

その中で、黄金(こがね)、白銀(しろがね)、鉄(くろがね)等に種類が分かれます。

推測でしかありませんが、製鉄に関わる一族だった、あるいは、武器(鉄製)を取り扱うという意味で武士だった可能性もありえます。

いずれにせよ戸籍を見ていると、こういうルーツがあって自分がいるのだということが分かって非常に面白いです。木の股から生まれてきたのではないという言葉も腑に落ちますし、アイデンティティも意識します。

逆に、戸籍廃止を主張する人達の狙いも形になって見えてもきます。

 

話が逸れましたが、以上、私の来歴です。